
「レーヒェン博士、今日はありがとうございました、いつもながら素晴らしい論文でした」黒服の男の一人が口を開く。
「ではご自宅までお送りいたします」もう一人の男が続ける。
「お願いするわ」
黒いリムジンの後部座席に座ると、レーヒェンはいつものように手帳を取り出し手短に日記と研究のメモを書き込む。
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9月8日
文部科学省の会合に出席。
研究中の論文A-13を一部発表。
思った以上に日本でもこの研究に熱心な様子。
情報の共有を申し出られた。
...ふん、分かりっこないわ。
明日は本部と2週間ぶりに連絡をとる予定。
回線9397B-27を使用とのこと。
なんだか疲れた。
...そういえば今日は...私の誕生日だった。
どうでもいい。
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「では、私たちはこれで失礼いたします」
軽く挨拶を済ませると黒服の男たちのリムジンは走り去っていった。
ガチャン
殺風景な家。
ひとりで暮らすには大きすぎる家。
家政婦はとっくに帰っている。
冷めた食事。
「またですわ。今日はいらないって言ったのに」
白衣をリビングに脱ぎ捨てると、レーヒェンは奥の研究室に歩いていった。
ありとあらゆる分野、ありとあらゆる言語で書かれた科学書籍のぎっしりと詰まった本棚。
デスク周辺にはノート型、デスクトップ型あわせて5台のコンピュータがひしめき、絡み合うコード類と何に使用するのか到底見当も付かない工業製品類がそれらを取り囲む。
デスクの端にはそんな光景におよそ似つかわしくない写真立てがひとつ。
椅子に座るとレーヒェンはその写真立てに入っている写真を見つめた。
3人の人物が写っている、そのうちの一人は幼い頃のレーヒェンだということがブロンドの巻き毛と青い瞳ですぐに分かる。
ただしその写真の両端の一人はマジックで黒く塗りつぶされていた。
「ママ...そういえば今日、私の誕生日だったのよ」
「覚えててくれた?.....私は...忘れてた」
「いえ...アナタは...もっと興味ないですわよね」
向かって左端のマジックで塗りつぶされた人物に伏し目がちに視線を移す。
家族、それはレーヒェンにとっては分子を構成する元素のように便宜的に配列された記号の羅列の様なものなのかもしれない。
隣り合う元素がけして同族であるわけでは無いように、「家族」と称される人間関係も不確かな、つながりの曖昧な一時的な分子結合に過ぎないものなのかもしれない。
ましてやその曖昧な結合を笠に着てうわべだけ「父」だ「友達」だの主張する人間は彼女にとっては何より信用できない対象なのだ。
「つながりなんて...」
「他人など、研究の対象になるかならないか。それだけでいいの」
何かを吹っ切るかのようにそう呟くと、レーヒェンはスリープさせていたマシンのひとつをリターンキーで揺り起こし、上司が部下に山のような書類を押し付けるごとく研究データをタイプしていった。
研究開発コード「A-13」通称「フーリエ変換型対物質強制共振ユニット」
フーリエ変換によって得られる音声スペクトラムの周波数ビンを、特定の条件で加算合成することによって、任意の分子結合に共振を起こし、その結合と分離を自在に操作する装置。
すなわち任意の物質の破壊及び再構成を音声によって行う「音波兵器」の概要である。
「響りさの声の成分がどうしてもまだ解析できませんわ...」
「こんな周波数ビン、ありえるはずないのに...データがすべて虚数値なんて」
「でもこの全虚数データからしか共振作用への糸口はつかめない...」
動かしていた指を止めてふと瞼を閉じる。
「レーヒェン、なにしてんのっ♪」
「レーヒェン、遊ぼうよーっ!」
「あ、サモちゃん。紹介するねっ、レーヒェンだよっ☆」
レーヒェンの瞼の裏にふいに浮かび上がる響りさの姿、声、表情...。
「ああ!うっとうしい!」
「何なんですの!だいたいから言って馴れ馴れしいのですわっ!人の事を...」
ピンポーン
「?」
ピンポーン
「だ、誰ですの?こんな時間に...!」
ピンポーン
突然鳴り始めた呼び鈴の音。
レーヒェンはいぶかしげに玄関まで歩くと覗き窓を覗いた。
「誰もいないじゃない...いたずら...?」
「ふん、バカにして!レーザーでも使って脅かしてやろうかしら!」
レーヒェンが部屋にレーザーを取りに戻ろうとしたそのとき...
happy birth day to you♪
happy birth day to you♪...
「!?」
happy birth day dear レーヒェン♪
...happy birth day to you♪♪♪
歌の終わりとともにクラッカーの音が鳴り響く。
「一体誰なの!?ふざけるのもいい加減にしなさいっっっっっ!!!」
鬼のような形相で玄関を思い切り蹴り開けるレーヒェン。
「レーヒェン、お誕生日おめでとうっ☆☆☆」
「おめでとうございます♪」
「よぅ。誕生日やったんやて?おめでと☆」
「のっ♪(おめでとう!)」
「あ...アナタたち...!!」
「レーヒェン、ひどぃよぅ!夕方行ったら誰もいないんだもんっ!」
「きっと、どなたかとお祝いをしていらっしゃるのかと思いました♪」
「.....!」
突然の出来ごとと見慣れた4人(内1匹)に囲まれ、レーヒェンの思考回路はすっかり停止してしまっていた。
「さっき、ノノがレーヒェン帰ってきたみたいだからって、そこのコンビニから急いで飛んで来たんだよっ☆」
りさが口を開く。
「うふふ☆12時までに間に合いましたね♪」
サモエドが続けた。
「...アナタたち、まさかこんな時間までこんな事をするために待ち構えていたんですの...?」
困惑の表情で問いかけるレーヒェン。
「こんな事とはなんやねん。自分の誕生日祝ってもらってんねんでー」
アヤ乃も笑いながら話し掛ける。
「くっ.....誰もそんな事、頼んだ覚えはありませんわっ!」
「め...迷惑ですわっ!さっさと帰りなさい!...ですわ!」
レーヒェンはアヤ乃の言葉を受けて我に返り、とっさにいつものセリフが口を突く。
「まーたまた☆そーんなコト言っちゃって♪」
「ホントは嬉しいクセにー(゚∀゚*)♪」
いつもと変わらないのはこちらも同じである。りさはレーヒェンににじり寄ると「そうこなくっちゃ」と言わんばかりにレーヒェン宅に入ろうとする。
「なっ...!!」
「ちょっと遅いけどパーティしようや♪」
「ご心配には及びません☆ご近隣にはご迷惑の掛からないよう音の細工をいたしましたので♪」
「のっ(わーい☆)」
こうなってしまってはさしものレーヒェンもなす術が無い。
招かれざるもの4名は強引に家宅侵入...強制誕生日パーティが敢行された。
「サモさん、俺ビールたのむわ☆」
「アヤ乃さん、いけませんよ。まだ未成年なんですから...!」
「あっ!ノノーっ!フライドチキン返しなさいっ!!」
「のっ(不適な笑い)」
「もーーーっっ!いったい何なんですのーっっ!!(泣)」
こうして9月8日の夜は更けていった。
そして、りさたち一行が退散した後...
レーヒェンは研究室に戻り、開かれていた手帳の今日のメモのあとに殴り書きをして眠りについた。
その殴り書きにはこう書かれていた。

